なぜAIは嘘をつく?Tensor Logic・新技術で解決する3つの革新的手法

なぜAIは嘘をつく?Tensor Logic・新技術で解決する3つの革新的手法

最終更新日:2025年11月19日公開日:2025年11月19日
益子 竜与志
writer:益子 竜与志
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最近、Pedro DomingosによるTensor Logicという論文を読んで、正直「これは来るかも」と思いました。PyTorchでゴリゴリ書いてきた身としては、AIプログラミングの根本的な変化を予感させる内容でした。

今回は、このTensor Logicという新しいプログラミング言語が、現在のAI開発が抱える3つの根本的な課題をどう解決しようとしているのか、実装例を交えて解説します。

現在のAI開発が抱える3つの課題

Pythonのアドオン地獄

正直な話、今のAI開発って「Python + PyTorch/TensorFlow + その他もろもろ」という組み合わせで成り立ってます。でも、Pythonって元々AI専用に作られた言語じゃないんですよね。

# 現在の典型的なPyTorchコード
import torch
import torch.nn as nn
import torch.nn.functional as F

class SimpleModel(nn.Module):
    def __init__(self):
        super().__init__()
        self.fc1 = nn.Linear(784, 128)
        self.fc2 = nn.Linear(128, 10)

    def forward(self, x):
        x = F.relu(self.fc1(x))
        x = self.fc2(x)
        return F.softmax(x, dim=1)

PyTorchは自動微分やGPU実装を提供してくれるけど、論理推論知識表現となると... 結局別のライブラリを組み合わせるハックが必要になります。

ニューラルとシンボリックの断絶

深層学習(ニューラル)は学習能力が強いけど、推論過程が不透明。一方、論理プログラミング(シンボリック)は推論は明確だけど、スケーラビリティが低い。この2つを統合しようとすると、どうしても「つぎはぎ」感が出てしまいます。

LLMの幻覚問題

これが今一番深刻かもしれません。GPT-5でも「それっぽい嘘」を堂々と答えることがあります。温度パラメータを0にしても幻覚は完全には消えない。これ、プロダクション環境では致命的です。

Tensor Logicとは何か?

Tensor Logicは、これらの課題に対して「すべてをテンソル方程式で統一する」という大胆なアプローチを取ります。

基本的な考え方はシンプルで、

という等価性を利用します。つまり、論理推論もニューラルネットワークも、本質的には同じテンソル演算なんだ、という主張です。

実装例で理解するTensor Logic

基本的な多層パーセプトロン(MLP)

Tensor Logicでは、MLPがこんなにシンプルに書けます。

# Tensor Logicでの実装(疑似コード)
Y = step(W[i]X[i])  # 単層パーセプトロン

これだけです。[i]について自動的に結合と射影が行われます。多層にする場合は以下です。

# 多層パーセプトロン
x[i, j] = sig(W[i, j, k]x[i-1, k])
# i: 層、j,k: ユニット

論理推論の例

面白いのは論理推論も同じ枠組みで書けること。例えば「親子関係から祖先関係を推論する」場合は以下です。

# Datalog風の記法も可能
Ancestor(x, z) :- Ancestor(x, y), Parent(y, z)

# これは以下のテンソル方程式と等価
A[x,z] = H(A[x,y] * P[y,z])
# H: ヘヴィサイドのステップ関数

トランスフォーマーのアテンション機構

現在のLLMの中核であるアテンション機構も、Tensor Logicでは驚くほど簡潔に。

# Query, Key, Valueの計算
Query[b,h,p,dk] = WQ[b,h,dk,d] * Stream[b,p,d]
Key[b,h,p,dk] = WK[b,h,dk,d] * Stream[b,p,d]
Val[b,h,p,dv] = WV[b,h,dv,d] * Stream[b,p,d]

# アテンションスコアの計算
Comp[b,h,p,p'.] = softmax(Query[b,h,p,dk] * Key[b,h,p',dk] / sqrt(Dk))
Attn[b,h,p,dv] = Comp[b,h,p,p'] * Val[b,h,p',dv]

bがバッチ、hがヘッド、pが位置を表します。PyTorchで書くより直感的じゃないですか?

埋め込み空間での推論 - 幻覚問題への回答

ここが個人的に一番興味深い部分です。Tensor Logicは「埋め込み空間での推論」という新しいパラダイムを提案しています。

温度パラメータによる制御

Tensor Logicでは、推論の「厳密さ」を温度パラメータTで制御できます。

# T=0: 純粋な演繹的推論(幻覚なし)
σ(x, T=0) = step(x)  # 完全なステップ関数

# T>0: 類推的推論(柔軟性あり)
σ(x, T>0) = 1/(1+exp(-x/T))  # シグモイド関数

T=0にすると、システムは純粋に論理的な推論だけを行います。これは現在のLLMが温度0でも幻覚を見るのとは対照的です。実用的には、数学の証明やコード生成など、厳密性が求められる場面でT=0、創造的なタスクではT>0、といった使い分けができます。

類推的推論の実装

埋め込みが学習可能な場合、オブジェクト間の類似性を利用した推論が可能になります。

# 類似度行列の計算
Sim[x,x'] = Emb[x,d] * Emb[x',d]

# 類似したオブジェクトから推論を「借りる」
# 重みは類似度に比例

これにより、厳密な論理推論と柔軟な類推推論を、単一のフレームワークで実現できるわけです。

実際に使える?現状と課題

正直なところ、2024年12月現在、プロダクションで使えるレベルの実装はまだありません。tensor-logic.orgで論文とスライドは公開されていますが、本格的なGPU実装は「今後の課題」とされています。

GitHubにはcool-japan/tensorlogicというコミュニティ実装があり、Rustベースで開発が進んでいますが、まだアルファ版です。

# インストール(将来的に)
pip install tensorlogic

# 基本的な使用例
import tensorlogic as tl

# テンソル方程式の定義
program = tl.Program()
program.add_equation("Y = relu(W[i,j] * X[j])")

現時点での主な課題は以下の通りです。

  1. GPU最適化されたコンパイラの不在 - CUDAカーネルへの効率的な変換が必要
  2. 疎テンソルの効率的な処理 - 大規模グラフや論理推論での性能
  3. 既存エコシステムとの統合 - PyTorchモデルの移植パスなど

まとめ

Tensor Logicは、今すぐPyTorchを置き換えるものではありません。でも、AI開発の将来像を示す重要な提案だと感じています。

特に以下の分野で大きなインパクトがありそうです。

個人的には、Tensor LogicがJavaScriptにおけるTypeScriptのような存在になる可能性を感じています。つまり、既存のPythonエコシステムと共存しながら、徐々に「より良い方法」として浸透していくのではないでしょうか。

Tensor Logicは、現在のAI開発が抱える3つの根本課題(Pythonのアドオン地獄、ニューラルとシンボリックの断絶、LLMの幻覚問題)に対して、「すべてをテンソル方程式で統一する」という野心的な解決策を提示しています。

実装はまだ初期段階ですが、その理論的なエレガンスと、T=0での演繹的推論による幻覚問題の根本的解決は、非常に魅力的です。今後数年で、この考え方がAI開発にどのような影響を与えるか、注目していきたいと思います。

興味を持った方は、ぜひ論文を読んでみてください。また、Machine Learning Street TalkでのDomingos本人の解説も参考になります。

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