AWSにおけるIaCツール選定ガイド 2025年最新版
Infrastructure as Codeの現在地と進化
「IaC」(Infrastructure as Code)という概念が登場してから既に10年以上が経過し、2025年現在ではクラウドインフラ管理の事実上の標準となっています。手動でのインフラ構築は過去の遺物となり、コードによる自動化が当たり前の時代になりました。
IaCがもたらす価値は単なる自動化にとどまりません。インフラ構成の「バージョン管理」「再現性」「テスト可能性」という、ソフトウェア開発で培われてきたベストプラクティスをインフラ管理に持ち込むことで、運用の質が根本的に変わりました。GitOpsやCI/CDパイプラインとの統合により、インフラ変更のレビュープロセスやロールバック機能も標準化され、より安全で効率的な運用が実現されています。
2025年時点での興味深い変化として、IaCツールの「多様化」と「専門化」が同時に進行している点が挙げられます。汎用的なツールが進化を続ける一方で、サーバーレスやコンテナオーケストレーションといった特定領域に特化したツールも登場し、エンジニアは用途に応じて最適なツールを選択できるようになりました。
AWSエコシステムにおける主要IaCツールの現状
2025年のツールランドスケープ
現在のAWS環境で広く利用されているIaCツールを整理すると、大きく5つのカテゴリーに分類できます。
AWS環境で使用される代表的なIaCツールの特徴と最新状況を以下の表にまとめました。
表 主要IaCツールの特徴と2025年時点の状況
ツール名 | 提供元 | 主な記述形式 | マルチクラウド対応 | 最新の主要アップデート |
---|---|---|---|---|
CloudFormation | AWS | YAML/JSON | × | モジュール機能、フック機能の強化 |
SAM | AWS | YAML | × | Accelerate機能、Terraformローカルテスト対応 |
CDK | AWS | TypeScript等 | × | v2基盤の安定化、Construct Hub拡充 |
Terraform | HashiCorp | HCL | ○ | BSLライセンス変更、v1.5以降の機能強化 |
Pulumi | Pulumi社 | TypeScript等 | ○ | Terraform Bridge強化、エンタープライズ機能 |
この表が示すように、各ツールは独自の強みを持ちながら進化を続けています。特に注目すべきは、AWS公式ツールの機能拡充と、サードパーティツールのエコシステム拡大が並行して進んでいる点です。
ツール選定における重要な観点の変化
2020年代前半と比較して、IaCツール選定の観点も大きく変わってきました。単純な機能比較だけでなく、以下のような要素が重要視されるようになっています。
開発者体験(Developer Experience)の重視は特に顕著な傾向です。単にインフラを定義できるだけでなく、IDEサポート、ローカルテスト環境、デバッグ機能といった開発支援機能の充実度が選定基準として重要になってきました。CDKやPulumiが支持を集める背景には、この開発者体験の良さがあります。
ライセンスとガバナンスへの配慮も無視できません。2023年のHashiCorpライセンス変更は業界に大きな衝撃を与え、オープンソースコミュニティの重要性を改めて認識させました。企業によってはライセンスポリシーの観点から、特定ツールの採用を見送るケースも出てきています。
AWS CloudFormationの進化と現在地
基本機能の成熟と新機能の追加
AWS CloudFormationは2025年現在も着実な進化を続けています。AWS公式サービスとしての強みを活かし、新サービスへの即座対応と安定性を両立させています。
特筆すべきは2021年から導入された「CloudFormation Modules」機能の成熟です。これによりテンプレートの再利用性が大幅に向上し、大規模環境での管理が効率化されました。従来は巨大な単一テンプレートになりがちだった構成も、機能単位でモジュール化し、チーム間で共有できるようになっています。
ドリフト検出機能も2019年の導入以降、着実に改善されています。手動変更によるテンプレートからの逸脱を検出し、インフラの整合性を保つこの機能は、エンタープライズ環境での運用において欠かせない存在となりました。実際の運用では、定期的なドリフト検出をCI/CDパイプラインに組み込み、予期せぬ設定変更を早期に発見する仕組みを構築する企業が増えています。
CloudFormationの実践的な活用パターン
2025年の実践現場では、CloudFormationは「基盤インフラの定義」という役割で特に力を発揮しています。VPC、サブネット、セキュリティグループといったネットワーク基盤や、IAMロール、ポリシーといったセキュリティ設定は、CloudFormationで厳密に管理されることが多くなっています。
一方で、アプリケーション層のリソースについては、開発速度を重視してCDKやSAMといった高レベルツールと組み合わせる「ハイブリッドアプローチ」が主流になってきました。基盤はCloudFormationでガチガチに固め、アプリケーション層は柔軟性の高いツールで管理するという使い分けです。
スタック分割戦略も洗練されてきています。以前は巨大な単一スタックになりがちでしたが、現在では「ネットワークスタック」「セキュリティスタック」「データストアスタック」といった機能単位での分割が一般的です。これにより、変更の影響範囲を限定し、並行開発を可能にしています。
AWS SAMのサーバーレス特化戦略
サーバーレス開発の標準ツールとしての地位確立
AWS SAMは2025年現在、サーバーレスアプリケーション開発の事実上の標準となっています。Lambda、API Gateway、DynamoDBといったサーバーレスサービスの組み合わせを、極めて簡潔に記述できる点が評価されています。
SAM CLIの進化も目覚ましく、sam local
コマンドによるローカル実行環境は、もはやサーバーレス開発に欠かせない存在です。特に2023年に追加された「Accelerate」機能は、クラウド上のデプロイとローカルコードをリアルタイムで同期し、開発サイクルを劇的に短縮しました。コードを保存すると即座にクラウド環境に反映されるこの機能により、従来のデプロイ待ち時間がほぼゼロになりました。
他ツールとの連携強化
興味深い展開として、2023年後半にはSAM CLIでTerraformで記述されたサーバーレスリソースのローカルテスト実行をサポートする機能が追加されました。これは、異なるIaCツールを使用していても、SAMの優れたローカルテスト環境を活用できることを意味します。
この動きは、IaCツール間の「協調」という新たなトレンドを示しています。各ツールが独自の強みを活かしながら、相互運用性を高めることで、開発者により良い体験を提供しようとしているのです。
実際の現場では、インフラ全体はTerraformで管理しつつ、Lambda関数のローカルテストだけSAM CLIを使うという運用も見られるようになりました。ツールの境界を越えた柔軟な使い方が可能になってきているのです。
AWS CDKの急成長と開発者コミュニティ
プログラミング言語によるインフラ定義の革新
AWS CDKは2025年現在、最も急速に成長しているIaCツールの一つです。TypeScript、Python、Java、C#、Goといった馴染みのあるプログラミング言語でインフラを定義できることが、多くの開発者に支持されています。
CDKの真の強みは「Construct」パターンにあります。L1(CloudFormationリソースの1対1マッピング)、L2(便利なデフォルト値を持つ高レベルConstruct)、L3(複数のリソースを組み合わせたパターン)という階層構造により、抽象度を自在にコントロールできます。
たとえば、「セキュアなS3バケット」というL3 Constructを作成すれば、暗号化、バージョニング、アクセスログ、ライフサイクルポリシーといった設定が自動的に適用されます。これにより、ベストプラクティスの標準化と再利用が容易になりました。
Construct Hubとコミュニティエコシステム
Construct Hubの登場により、CDKのエコシステムは飛躍的に拡大しました。企業や個人が作成したConstructを共有・発見できるこのプラットフォームには、2025年現在で数千を超えるConstructが登録されています。
特に注目すべきは、AWS公式以外のサービス向けConstructも充実してきた点です。Amazon BedrockやAmazon CodeCatalystといった新サービス向けのConstructが、コミュニティによって迅速に提供されるようになりました。
企業での採用も急速に進んでいます。特にソフトウェア開発企業では、アプリケーション開発者がインフラコードも書けるようになり、DevOpsの真の実現に近づいています。TypeScriptでフロントエンド、バックエンド、インフラまで統一的に記述できることは、チームの生産性向上に大きく貢献しています。
Terraformのマルチクラウド戦略と業界動向
エンタープライズ標準としての地位
Terraformは2025年現在もマルチクラウドIaCの事実上の標準として君臨しています。AWS、Azure、GCPはもちろん、Kubernetes、GitHub、Datadogなど数百を超えるプロバイダーに対応し、真のマルチクラウド管理を実現しています。
Terraform Registryに登録されているモジュール数は膨大で、ほぼあらゆるユースケースに対応した実装例を見つけることができます。この豊富なエコシステムは、Terraformの最大の強みの一つです。エンタープライズ企業の多くが、このエコシステムの恩恵を受けながら、効率的なインフラ管理を実現しています。
状態管理の面でも進化を続けています。Terraform Cloudやリモートバックエンドを使った共同開発環境は成熟し、大規模チームでの並行開発も円滑に行えるようになりました。特にTerraform Cloudのポリシー・エンフォースメント機能により、コンプライアンス要件の厳しいエンタープライズ環境でも安心して利用できるようになっています。
ライセンス変更とOpenTofuの誕生
2023年8月、HashiCorp社がTerraformのライセンスをMPL2.0からBSL(Business Source License)に変更したことは、業界に大きな衝撃を与えました。この変更により、Terraformの商用利用に一定の制限が加わることになりました。
この動きに対し、オープンソースコミュニティは素早く反応しました。Linux Foundation配下でOpenTofu(旧称OpenTF)プロジェクトが立ち上がり、Terraform v1.5までのコードをフォークして開発が続けられています。2025年現在、OpenTofuは着実に機能追加を行い、多くの企業が移行を検討または実施しています。
この分裂は、オープンソースの重要性とコミュニティの力を改めて示す出来事となりました。同時に、企業にとってはライセンスリスクを考慮したツール選定が必要になったという新たな課題も生まれています。
Pulumiの台頭とマルチ言語戦略
プログラミング言語ファーストのアプローチ
Pulumiは2018年頃に登場して以来、着実に支持を拡大しています。Terraformと同様のマルチクラウド対応力を持ちながら、TypeScript、Python、Go、C#など汎用プログラミング言語でインフラを定義できる点が最大の特徴です。
CDKとの違いは、マルチクラウド対応にあります。AWS専用のCDKに対し、PulumiはAWS、Azure、GCP、Kubernetesなど50以上のプロバイダーに対応しています。「CDK的な開発体験」と「Terraform的なマルチクラウド対応」を兼ね備えたツールとして、特にクラウドネイティブな開発チームから支持を集めています。
Pulumi独自の概念である「Stack」により、同一コードから開発、ステージング、本番といった複数環境を管理できます。環境ごとの設定値の差分管理も容易で、GitOpsワークフローとの相性も良好です。
エンタープライズ機能の充実
2025年現在、Pulumiはエンタープライズ向け機能の充実に力を入れています。Pulumi Serviceによる状態管理、ポリシーエンジン、監査ログといった機能により、大規模組織での利用にも対応できるようになってきました。
特に注目すべきは「Pulumi Terraform Bridge」の進化です。既存のTerraformプロバイダーをPulumiから利用できるこの機能により、Terraformの豊富なエコシステムを活用しながら、より良い開発体験を得ることが可能になっています。
採用企業も着実に増えており、特にスタートアップやテック企業での導入が目立ちます。コードレビューやユニットテストといったソフトウェア開発のベストプラクティスをそのままインフラ管理に適用できる点が評価されています。
新興ツールと今後の展望
特化型ツールの登場
2025年の興味深いトレンドとして、特定領域に特化したIaCツールの登場が挙げられます。
「Crossplane」はKubernetes上で動作するIaCコントローラーとして注目を集めています。Kubernetesのカスタムリソース定義(CRD)を利用し、クラウドリソースをKubernetesオブジェクトとして管理できます。Kubernetes中心のアーキテクチャを採用する企業にとって、アプリケーションとインフラを統一的に管理できる魅力的な選択肢となっています。
「Wing(Winglang)」という実験的なプログラミング言語も登場しています。アプリケーションコードとインフラコードを同一言語でシームレスに記述することを目指したこのプロジェクトは、将来のIaCの姿を示唆する興味深い取り組みです。
IaCの未来像と戦略的選択
IaCツールの進化を俯瞰すると、以下のような方向性が見えてきます。
開発者体験の更なる向上が続くでしょう。IDEサポート、AI補完、視覚的なデバッグツールなど、より直感的で生産的な開発環境が整備されていくはずです。既に一部のツールではGitHub Copilotのような AI支援機能が実装され始めており、この流れは加速すると予想されます。
セキュリティとコンプライアンスの自動化も重要なテーマです。ポリシー・アズ・コードの概念が浸透し、インフラ定義の段階でセキュリティ要件を自動的にチェック・適用する仕組みが標準化されていくでしょう。
マルチツール・ハイブリッド戦略が主流になると考えられます。単一のツールですべてをカバーするのではなく、各ツールの強みを活かした組み合わせで最適なソリューションを構築する。これが2025年以降のIaC活用の現実的なアプローチになるでしょう。
実践的な選定ガイドライン
プロジェクト特性に応じた選択基準
2025年現在の視点で、各ツールの選定基準を整理します。
AWS CloudFormationを選ぶべきケースは、AWS環境に完全に特化し、厳密な制御が必要な場合です。金融機関や政府系プロジェクトなど、安定性と予測可能性を最優先する環境では依然として第一選択肢となります。また、AWS公式サポートを重視する企業にとっても安心できる選択です。
AWS SAMは、サーバーレスアプリケーション開発が中心となるプロジェクトに最適です。特に、Lambda関数の開発速度を重視し、ローカルテスト環境が必須の場合は、SAMが提供する開発体験は他の追随を許しません。
AWS CDKは、開発チーム主導でインフラを管理する場合に威力を発揮します。アプリケーション開発者がインフラコードも書く「フルスタックエンジニア」が多い組織では、TypeScriptやPythonで統一的に記述できるCDKが生産性を大きく向上させます。
Terraformは、マルチクラウド戦略を採用する企業や、既に大規模なTerraformコードベースを持つ組織にとって最適です。ただし、ライセンス面での考慮が必要で、場合によってはOpenTofuへの移行も検討すべきでしょう。
Pulumiは、最新技術に積極的で、開発者体験を重視するスタートアップやテック企業に適しています。マルチクラウド対応と優れた開発体験の両立を求める場合、Pulumiは魅力的な選択肢となります。
移行戦略と共存パターン
既存環境からの移行や、複数ツールの共存についても戦略的に考える必要があります。
段階的移行アプローチが現実的です。すべてを一度に移行するのではなく、新規プロジェクトから新ツールを採用し、既存環境は必要に応じて徐々に移行していく。このアプローチにより、リスクを最小限に抑えながら、新しいツールのメリットを享受できます。
ハイブリッド運用も有効な戦略です。基盤インフラはCloudFormation、アプリケーション層はCDK、サーバーレス部分はSAM、といった使い分けにより、各ツールの強みを最大限活用できます。重要なのは、責任範囲を明確にし、チーム間の連携方法を確立することです。
まとめ
2025年のAWS IaCツールランドスケープは、多様性と専門化が共存する成熟した状態にあります。CloudFormationは堅実な基盤として、SAMはサーバーレスの標準として、CDKは開発者フレンドリーなツールとして、それぞれ確固たる地位を築いています。一方、TerraformやPulumiといったマルチクラウドツールも、独自の価値提案により支持を集めています。
重要なのは、「万能のツール」は存在しないという認識です。プロジェクトの要件、チームのスキルセット、組織の戦略に応じて、適切なツールまたはツールの組み合わせを選択することが成功への鍵となります。
また、ツール選定は一度きりの決定ではありません。技術の進化、チームの成長、ビジネス要件の変化に応じて、継続的に見直しと最適化を行うべきです。IaCツールは手段であって目的ではない。この基本を忘れずに、インフラ管理の効率化と信頼性向上という本来の目的に向かって、最適なツール活用を進めていくことが重要です。
2025年以降も、IaCツールは進化を続けるでしょう。AI支援機能の統合、より高度な抽象化、セキュリティの自動化など、さらなる革新が期待されます。これらの進化を適切に取り入れながら、より良いインフラ管理を実現していくことが、エンジニアリングチームに求められる挑戦となるでしょう。