経済産業省のAI政策セミナーに参加 日本のAI戦略の最前線を学ぶ

最終更新日:2025年12月26日公開日:2025年12月26日
久保 翔太
writer:久保 翔太
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先日、経済産業省主催のAI政策に関するセミナーに参加してきました。約45分の講演で、日本のAI政策の動向と展望について詳しくお話を伺いました。セミナーの内容をレポートとしてまとめつつ、SIerでPMをしている立場として感じたことを交えて書いていきます。

1. AIの本質と日本の課題

AIがもたらす生産性革命

講演の冒頭で印象的だったのは、「私たちの業務や社会活動は、すべてデータ処理の連続によって成り立っている」という視点でした。生成AIの登場により、大量のデータから適切な情報処理の変換方法を自動的に生み出せるようになり、生産性が劇的に向上しています。

少子高齢化と生産性向上の必要性

2040年には生産労働人口が2割減少すると予測されています。移民政策を取らない限り、この変化は避けられないため、AIを活用した生産性向上が不可欠です。

デジタル赤字の問題

日本が外国のデジタルサービスを利用することで生じるサービス収支の赤字が、インバウンドで稼いでいる黒字をほぼ食いつぶしている状況です。AIがさらに社会に浸透すれば、この傾向は加速します。デジタル技術を使う際には、できる限り自分たちで黒字を作っていくことが重要だと指摘されました。


2. AI法の成立とその特徴

推進法としてのAI法

2025年6月の通常国会で、日本初のAI関連法「人工知能関連技術研究開発及び応用推進法(AI法)」が成立しました。EUのAI法が規制法であるのに対し、日本のAI法は「推進法」という形で成立している点が特徴的です。

この法律は、PDCA法として機能します。首相をヘッドとして、全閣僚から構成される組織がAI基本計画を決定し、情報収集を行い、問題があれば分析・対策を検討して事業者に指導や勧告を行います。規制法ではなく、情報収集と状況に応じた対応をPDCAで回していくアプローチで、「最もAIを開発・活用しやすい国を目指す」ことが掲げられています。


3. 組織変化の必要性

業務プロセスの再設計が不可欠

AIのポテンシャルを引き出すためには、各組織の業務プロセスや組織構造を、AIを前提として再設計していくことが重要です。単にリスキリングを促すだけでは不十分で、組織として変化し、AI人材が活躍できる業務プロセスや価値提供の仕方を考えなければなりません。

日本の情報システムの課題とAIコーディングの可能性

日本の情報システムは、既存の人の業務プロセスに合わせて作られてきた歴史があり、ベンダーロックインという構造が生まれ、生産性の高い構造になっていないという課題が指摘されました。

しかし、AIコーディングにより、特別なスキルがなくても自然言語でコーディングができる時代になりました。これにより、各事業会社が自社の価値を生み出しているデータをうまく活用していくことが、より重要になってきています。


4. 現場データの重要性

現場データがAI進化の鍵

インターネット上のデータはほぼ学習し尽くされたと言われており、これからAIを進化させるのは現場データです。特に日本は、ベテランの経験を積んだ職人が持っている質の高い蓄積データが多いと指摘されました。ただし、単にデータがあるだけでは不十分で、現場が持っているノウハウと組み合わせて初めて、精度が高く、効率的なAIができると説明されました。これは、私たちSIerにとって、差別化できるポイントになりそうです。


5. 政府の取り組み

人材育成と組織変化の支援

デジタルスキル標準では、全ての社会人が身につけるべきAI時代のデジタルスキルが定義されています。DX推進指標では、組織の変化が適切に行われているかのチェックリストが提供され、ベストプラクティスを「DX銘柄」や「DXセレクション」として選定しています。

AIのリスク対応

AI事業者ガイドラインでは、開発者・提供者・利用者向けにPDCAを回して何をチェックすればいいかを示しています。AIセーフティーリサーチセンター(AIC)は、2024年2月にIPAに設置され、AIセーフティーの具体的な方法論を提供しています。AI事故の責任問題については、ユースケースごとにガイドラインを2025年末に提示する予定です。


6. AI開発支援 GNIAGプログラム

生成AIエンジニアリング能力の育成

2024年2月から「GNIAG(Generative AI Accelerator Challenge)」プログラムが推進されています。計算資源の調達支援、データの利活用支援、メンタリングの3つのメニューがあります。半年ごとに支援サイクルを回しており、1期は10社、2期は19社、3期は24社が支援を受けています。2期、3期になると、分野を絞って、その分野に関して深く、海外のビッグテックよりもいい性能が出せるモデルを作れることがわかってきているとのことです。

データエコシステムとロボット基盤モデル

データ分野ごと、業界ごとのデータスペースを作る取り組みを支援しています。また、一般社団法人AIロボット基盤モデル(AIROA)が立ち上がり、複数社のロボットを動かしながらデータを収集し、ベースとなるロボット基盤モデルを作る試みが進められています。


7. AI普及のための技術連携

エージェント型AIシステムとGNAC PRIZE

AIの普及は、様々な技術が組み合わさる必要があります。G2-9(Generative AI 9)では、基盤モデルを作る事業者、アプリケーションを提供する事業者、エンドユーザーなどが、コミュニティ活動を通じて連携を進めています。また、現場で使えるアプリケーションを後押しする懸賞金コンテスト「GNAC PRIZE」も開催されており、2025年は5つのテーマで約140件のエントリーがありました。


8. 日本の強みと基盤モデルへの対応

日本の強みと基盤モデルへの対応

日本は、AIを構成する3つの要素(コンピューター、データ、人)の中で、ユニークな現場データが強みだと指摘されました。一方で、基盤モデルは非常に強力で、どんどん専門知識まで取り込んでいく傾向にあります。基盤モデル、専門領域モデル、汎用モデル、アプリケーションという階層構造があったときに、上層だけでよくて、下層はベースに依存するということでいいのか。これは非常に悩ましい問題で、日本にはビッグテックがいないため、国産では難しいのではないかという率直な意見が述べられました。


SIerとして感じた危機感と希望

セミナーを聞いていて、かなり危機感を覚えました。「日本の情報システムは、既存の人の業務プロセスに合わせて作られてきた歴史がある」という指摘は、まさに私たちが長年やってきたことです。お客様の既存業務に合わせてシステムを構築し、ベンダーロックインの構造を作ってきた。でも、それが「生産性の高い構造になっていない」と明確に指摘されたのは、かなり衝撃的でした。

さらに、「AIコーディングにより、特別なスキルがなくても、自然言語でコーディングができる時代になった」という話も、私たちの存在意義を根本から問いかけるものでした。プログラミングスキルが私たちの強みだったのに、それがAIによって誰でもできるようになる。大手企業や生成AIコンサル企業は、すでにAIを活用した開発体制を整えている中で、私たちはどう差別化していけばいいのか。

一方で可能性も感じました。「現場データが日本の強み」という指摘は、私たちSIerにとって重要なポイントです。大手企業は汎用的なソリューションを提供しますが、私たちはお客様の現場に深く入り込んで、現場のノウハウとデータを理解している。この「現場データとノウハウの組み合わせ」こそが、これからのAI時代における私たちの強みになるのではないかと感じました。GNIAGプログラムで「分野を絞って、その分野に関して深く、海外のビッグテックよりもいい性能が出せるモデルを作れることがわかってきている」という話も、参考になる情報でした。


これからやること

今回のセミナーを通じて、具体的に進めていきたいことを整理しました。

まず、すでに導入済みのCursorの効果を測定し、さらに改善していきます。開発生産性を定量的に測定し、開発プロセスをAI前提に再設計します。

次に、現場データを活用したサービスの開発です。お客様の現場データを活用したAIソリューションのパイロットプロジェクトを開始します。AWS Bedrockを活用して、カスタムAIモデルの開発を実践します。

専門領域への特化も重要です。すでに実績のある教育・リスキリング業界、医療業界、コンサルティングなど、特定業界におけるAI活用事例をさらに蓄積し、業界団体との連携を強化します。

SIerとして、大手企業に負けない専門性と、現場に寄り添う姿勢で、AI時代を勝ち抜いていきたいと思います。

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