生成AI時代のエンジニアに求められること──技術の民主化が進む今、差別化要因は何か

生成AI時代のエンジニアに求められること──技術の民主化が進む今、差別化要因は何か

最終更新日:2025年10月16日公開日:2025年10月16日
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生成AIの登場により、コーディングの敷居は劇的に下がりました。ChatGPTやGitHub Copilotに指示を出せば、数秒で動くコードが手に入る。プログラミング未経験者でも簡単なアプリケーションを作れる時代になりました。では、エンジニアの価値はどこにあるのか。コードを書く速度ではなく、何を作るべきかを定義する力。技術選定の妥当性を判断する力。顧客の本質的な課題を見抜く力。

生成AIという強力な道具を手にした今だからこそ、エンジニアに求められる能力は大きく変わりつつあります。

非エンジニアがエンジニア領域に参入する時代

生成AIの登場によって、営業担当者がスプレッドシート処理の自動化スクリプトを書き、マーケティング担当者が簡単なダッシュボードを構築する光景が当たり前になりつつあります。これは「ハイブコーディング」と呼ばれる現象です。蜂の巣のように、組織全体に分散してコードを書く人が増えている。もはやエンジニアだけがコードを書く時代ではありません。

この変化は、エンジニアの立ち位置を根本から問い直すものです。単純な業務自動化やデータ処理であれば、現場の担当者が生成AIを使って自己解決できる。ビジネスサイドの人間が、自分の業務課題を自分で技術的に解決する。かつてはエンジニアに依頼していた小規模な開発案件が、各部門で内製化されていく流れです。

では、エンジニアは何をすべきなのか。全社的なアーキテクチャの設計、セキュリティポリシーの策定、システム間の連携基盤の構築。非エンジニアが参入できない領域、つまり全体最適を担う役割にシフトしていく必要があります。個別最適ではなく、組織全体のシステム基盤を俯瞰し、長期的な技術戦略を描く。ハイブコーディングが広がるほど、それを統制し、品質を保証し、セキュリティリスクを管理する専門家の重要性が増していくんです。

求められるのは課題定義力と構造化思考

顧客が抱える本質的な課題を見抜き、それを技術で解決可能な形に構造化する能力の重要性が増しています。As-IsとTo-Beのギャップを正確に把握し、そのギャップを埋めるための最適な技術スタックを選定する。生成AIはコードを書いてくれますが、何を作るべきかは教えてくれません。

顧客と会話をしていると、彼らが口にする課題と、本当に解決すべき課題が異なることがよくあります。「システムが遅い」という訴えの背景に、実は業務プロセスの非効率が隠れていることもある。「新機能が欲しい」というリクエストの裏に、既存機能を使いこなせていない現実があることもある。表面的な要望に応えるだけでは、真の課題解決にはなりません。

経営課題を起点としたシステム設計ができるエンジニアの市場価値は高まり続けています。顧客の業務フローを分析し、どこにボトルネックがあるのか、どのプロセスを自動化すれば最大のインパクトが得られるのか。この構造化思考は、技術的な知識だけでは身につきません。ビジネスへの理解、組織の力学、現場の制約条件。これらを統合して最適解を導き出す力が、エンジニアの差別化要因になります。

Ragateでプロジェクトを進める際、僕たちは必ず顧客の経営課題からスタートします。売上を伸ばしたいのか、コストを削減したいのか、新規事業を立ち上げたいのか。その経営課題を分解し、システムで解決できる部分とできない部分を切り分ける。そこから初めて技術的な提案が始まります。この思考プロセスこそが、生成AI時代においてエンジニアが提供できる本質的な価値だと思っています。

ソリューションの引き出しの多さと深さ

課題を構造化できても、それを解決する手段を知らなければ意味がありません。ここで求められるのが、ソリューションの引き出しの多さと深さです。サーバーレスアーキテクチャ、コンテナオーケストレーション、マネージドサービスの組み合わせ、データパイプラインの設計パターン。幅広い技術領域に精通していることが前提となります。

さらに重要なのは、それぞれの技術に対する深い専門性です。表面的な知識では、適用限界を見誤る。サーバーレスはどのようなワークロードに適しているのか。コールドスタートの影響をどう軽減するのか。コスト最適化のためにどのような設計パターンを選ぶべきなのか。こうした実践知は、実際にプロダクションで運用した経験から得られます。

生成AIに「この課題を解決する最適なアーキテクチャを教えて」と聞けば、それらしい回答は返ってきます。しかし、その回答が顧客のビジネスコンテキストに合っているかどうかを判断できるのは、深い専門性を持ったエンジニアだけです。組織の技術成熟度、運用体制の現実、予算制約、既存システムとの連携要件。これらの複雑な条件を考慮し、その中で最適な技術的解決策を提示できるエンジニアが求められています。

Ragateが2017年の創業以来、サーバーレス技術に特化してきたのは、この深さを追求するためです。一つの技術領域を徹底的に深掘りすることで、どんな課題に対しても複数の解決パターンを提示できる。同じサーバーレスでも、スタートアップ向けの設計と、大企業向けの設計では全く異なります。その使い分けができる専門性が、顧客に信頼される理由になっていると感じています。

引き出しの多さだけでなく、それぞれの引き出しの中身が充実していること。広さと深さの両立こそが、生成AI時代のエンジニアに求められる能力です。

エンジニアとしての楽しさの変化

かつてエンジニアの楽しさは、技術そのものを深掘りすることにありました。新しいフレームワークを試し、パフォーマンスチューニングに没頭し、エレガントなコードを書く。純粋に技術を追求する喜びがあった。僕自身、学生時代にC言語でプログラミングを学び、就職後はハードウェアネットワークの保守業務に携わった頃は、技術屋としての面白さに魅了されていました。

しかし、生成AI時代においてエンジニアの楽しさは別の場所に移りつつあります。今、真に面白いのは顧客の課題を解決した瞬間です。システムを導入した結果、業務時間が半減した。データ基盤を整備したことで、経営判断のスピードが上がった。技術を使って誰かの働き方を変える、事業の成長を加速させる。その実感がエンジニアとしての充足感につながります。

フリーランス時代、新宿のWEB制作会社でCTOを任せていただいたことは大きな転機でした。海外拠点の設立、組織作り、投資家との対話。技術だけでなく、ビジネス全体を見る視点が求められた。その経験を通じて、技術はあくまで手段であり、目的は常に事業の成功にあることを学びました。

技術屋からビジネスパートナーへ。この変化は、エンジニアのキャリアパスを大きく広げます。単に優れたコードを書くだけでなく、顧客と対等に議論し、経営課題に踏み込み、技術戦略を提案する。生成AIが普及した今だからこそ、エンジニアは技術の枠を超えて価値を発揮できる存在になれると思っています。

エンジニアとしての楽しさが変化することは、決して後退ではありません。むしろ、影響範囲が広がり、社会へのインパクトが大きくなる。技術を追求する喜びに加えて、顧客の成功を設計する喜びを知ることで、エンジニアとしての視野は格段に広がります。

生成AIを使いこなす側に立つ

生成AIは道具であり、使いこなす人間の思考レベルを超えることはありません。質の高いプロンプトを書くためには、技術への深い理解が必要です。どのような出力を期待するのか、どのような制約条件があるのか、セキュリティやパフォーマンスの観点で何を考慮すべきなのか。これらを明確に指示できるエンジニアが、生成AIを真に活用できます。

非エンジニアが生成AIでコードを書く時代だからこそ、エンジニアは生成AIを使ってより高度な設計を行い、より複雑な問題を解決する。アーキテクチャレベルの意思決定、複数システムの統合設計、技術的負債の解消戦略。生成AIを使って効率化できる部分は任せ、人間にしかできない判断に集中する。

表面的な知識しかない人は、生成AIから表面的な回答しか引き出せません。深い専門性を持つエンジニアだけが、生成AIを使って深い洞察を得られる。この差が、今後のエンジニアの市場価値を決定づけます。

Ragateのメンバーも、生成AIを積極的に活用しています。ただし、生成されたコードをそのまま使うことはほとんどありません。生成AIの出力を叩き台にして、セキュリティを強化し、パフォーマンスを最適化し、保守性を高める。生成AIが提示する解決策に対して、なぜこの実装なのか、他に選択肢はないのか、トレードオフは何かを常に問い続けています。

生成AIを使いこなす側に立つということは、生成AIに使われないということです。主導権を握り、判断を下し、責任を持つ。その姿勢があってこそ、生成AIは強力な武器になります。

非効率な経験が効率を生み出す力になる

生成AIによって効率的に学べる環境が整った一方で、泥臭い試行錯誤の経験も重要だと思っています。フリーランス時代、失敗を繰り返しながら技術を習得した経験は、今の技術選定や意思決定の土台になっている。遠回りしたからこそ、効率化すべきポイントが見えます。

当時は生成AIもメンターも普及しておらず、本を読み、ハンズオンで手を動かし、人に聞き、セミナーに通い、高額なスクールに投資し、知り合いから小さな仕事を受けることの繰り返しでした。今の時代は本当に恵まれています。学びたいと思えばすぐにチャレンジできる環境があり、生成AIという強力なメンターが24時間365日、文句も言わずにサポートしてくれる。

最短ルートだけを歩いてきた人には、なぜその技術が必要なのか、どこで妥協すべきかの判断が難しい。システムが想定外の挙動を示した時、過去の失敗経験が解決の糸口になります。効率化の時代だからこそ、非効率な経験の価値を理解しておくべきです。

遠回りすることで出会う人がいる。発見するツールがある。良い縁に恵まれることもある。僕自身、フリーランス時代の遠回りがなければ、Ragateを創業することもなかったかもしれません。毎日が刺激的で、感性を揺さぶられる経験の連続。すべてが遠回りに見えるかもしれませんが、その遠回りがあったからこそ、効率を自発的に生み出す力を養えました。

今の時代のプレイヤーには生成AIを駆使して効率的に仕事をしてほしいと思う一方で、遠回りすることは決して悪ではないということも伝えたいです。効率化の時代だからこそ、時には非効率な道を選ぶことの価値を知ってほしい。

顧客の成功を設計する力

エンジニアの仕事はコードを書くことではなく、顧客のビジネスを成功に導くことです。システムを納品して終わりではなく、そのシステムが顧客の事業成長にどう貢献するのかまで考える。運用フェーズでのコスト最適化、スケーラビリティの確保、セキュリティリスクの管理。これらはすべて、顧客の未来を見据えた設計判断から始まります。

生成AIが書いたコードをそのまま本番環境に投入することはできません。本番運用を見据えた設計判断、障害時の復旧戦略、将来の拡張性を担保するアーキテクチャ。これらは顧客のビジネスを深く理解し、長期的視点で考えなければ実現できません。

22歳の時、開発現場で触れたサーバーレス技術に感銘を受けました。サーバーインスタンスを立ち上げずに、コードをアップロードするだけでバックエンドが構築できる。マネージドサービスと統合すれば、機械学習やオブジェクト処理も可能になる。それまでずっとやってきたOSやミドルウェアの調整作業から解放された瞬間の感動は、今でも鮮明に覚えています。

当時の市場評価は「サーバーレスなんておもちゃだ」という声が大半でした。しかし、エンジニアとしての直感が確信に変わった。この技術は必ず日本のデファクトスタンダードになる。市場をひっくり返すほどのエネルギーを持っている。これを大衆化することで、すべての企業のエンジニアが、経営層が幸せになる。その想いを胸に、23歳でRagate株式会社を創業しました。

顧客の未来を設計する責任を持つエンジニアこそが、生成AI時代に求められる存在です。技術は手段であり、目的は常に顧客の成功にある。この原則を忘れずに、生成AIという強力な道具を使いこなしていく。それが、これからのエンジニアに求められる姿勢だと思っています。

生成AIの登場は、エンジニアの価値を奪うものではありません。むしろ、本質的な価値に集中できる環境を作り出しました。課題定義力、構造化思考、ソリューションの引き出し、顧客の成功を設計する力。これらの能力を磨き続けることで、エンジニアは生成AI時代においても、いや、生成AI時代だからこそ、かけがえのない存在であり続けると信じています。

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