数か月の開発を3日間へ縮める発想の転換
これまで数か月を要していた開発が、わずか3日間で形になったとしたら、開発チームの働き方はどう変わるでしょうか。エムシーディースリー株式会社(MCD3、三菱商事グループ)が2026年6月8日から10日にかけて実施した体験型プログラム「Unicorn Gym」では、7チーム・計30名以上が参加し、要件定義からデプロイまでを短期間で走り抜けました。その中核にあったのが、AWSが提唱する開発手法「AI-DLC」と、開発ライフサイクル全体を支援するAIエージェント「Kiro」の組み合わせです。
本記事では、AI-DLCの考え方とKiroの活用ポイントを整理したうえで、MCD3の実証で見えてきた成果と、導入時に向き合うべき課題を紹介します。AIを活用した開発プロセス改善に取り組む開発リーダーやエンジニアの方が、次の一歩を描くための手がかりになれば幸いです。この取り組みは、AWSジャパンのソリューションアーキテクトである三宅穂波氏と、エムシーディースリーのエンジニアリング部でチームリードを務める本間嗣崇氏らが中心となって進められました。
ここで大切なのは、3日間という成果が特別なプログラムの条件下で生まれたものであり、どんな案件でも同じ期間で完了することを約束するものではないという点です。数値や事例はあくまで一つの実証として捉えつつ、その背後にある発想の転換に目を向けていただければと思います。
AI-DLCという開発手法の全体像
AI-DLC(AI-Driven Development Life Cycle)は、コーディング支援にとどまらず、要件定義からリリースまでの開発プロセス全体にAIを深く組み込む開発手法です。従来のように人間がまず作業を始めてAIに補助を求めるのではなく、AIが起点となってワークフローを開始し、人間がその出力を検証して意思決定するという流れが特徴になります。この原則は「AIが主導し、人間が監督する」という考え方で表現されます。
AI-DLCは大きく3つのフェーズで構成されます。まず構想を固めるInception、次に実装を進めるConstruction、そして運用へつなげるOperationsです。それぞれのフェーズでは、AIの提案をチーム全員でレビューして検証してから実行に移す「Mob Elaboration」や「Mob Construction」という進め方が採られます。ビジネス文脈の理解を要する重要な意思決定は人間の役割として残し、AIの提案を鵜呑みにしない設計になっている点が要になります。
もう一つの特徴が「Bolt」と呼ばれる反復単位です。従来のアジャイル開発が数週間のスプリントを回すのに対し、Boltは数時間から数日という短い単位で反復します。AIが提案から実装までを高速に回せるようになったからこそ、この短いサイクルが現実味を帯びます。要件の解像度を少しずつ上げながら小さく作って確かめるという営みを、これまでにない速さで繰り返せる点が、開発期間の大幅な圧縮を支える仕組みだといえます。
この3フェーズと反復単位を貫くのは、AIをあくまで実行の担い手として位置づけ、価値判断を人間が引き受けるという分業の思想です。AIが得意とする高速な選択肢の生成と、人間が担うべきビジネス的な取捨選択を明確に切り分けることで、速さと納得感を両立させています。

Kiroが開発ライフサイクル全体を後押しする
AI-DLCの考え方を実際の開発に落とし込む道具として活躍したのがKiroです。MCD3の取り組みでは、要件定義からデプロイまでの各工程で、Kiroを使ったさまざまな工夫が実践されました。
要件定義の段階では、HTMLモックを事前に用意してUIの合意を先に取り付け、共通仕様を最初に固めるアプローチが採られました。認識のずれを早期に潰しておくことで、後工程の手戻りを抑える狙いです。アーキテクチャ設計では、複数の設計案とそのメリット・デメリットをAIに同時に出させ、比較検討のうえで意思決定を高速化しました。
実装フェーズでは、2名以上が同時に別々のユニットを並列実装し、開発のスループットを高めています。あらかじめ共通仕様が固まっているため、各メンバーが担当範囲に集中しても全体の整合性が崩れにくいという利点が生きました。テストやレビューの工程では、レビュー専用のAIを導入して要件を満たしているかを自動でチェックする仕組みを取り入れています。人間によるレビューと機械的なチェックを組み合わせることで、品質の担保とスピードの両立を図りました。
そして最終的には、成果物のコンテナ化を経てAWS環境へのデプロイまで到達しています。要件定義から設計、実装、テスト、デプロイまでの一連の流れに、AIが一貫して寄り添う構図が実現しました。個々の工程を部分的に自動化するのではなく、ライフサイクル全体を通してAIと人間が役割を分担する点に、この手法の特徴がよく表れています。
MCD3 Unicorn Gymが示した3日間の成果
Unicorn Gymでは、グリーンサイト(建設労務管理SaaS)、ワークサイト(施工管理SaaS)、cacicar(流通・食品小売のマーケティングDX)といった主要プロダクトに関わるチームが参加しました。3日間という限られた時間の中で、各チームは具体的な成果を積み上げています。
- グリーンサイトのチーム(4名)は、業務自動化ツールを完成させ、作業の属人化解消に踏み出しました。
- グリーンサイトのインフラチーム(3名)は、コンテナ化を完了し、AWS環境へのデプロイを達成しました。
- DataHubのチーム(4名)は、Docker Composeによるワンコマンド起動を実現しました。
- CTO室のチーム(5名)は、3日目だけで219コミット・20件を超えるPRを積み上げました。
- BD部のチーム(5名)は、5つのユニットを完成させ16件のPRを作成し、デプロイまで完了しました。
- cacicarのチーム(3名)は、リコメンドAPIと入会フォームの実装を完了しました。
- ワークサイトのチーム(6名)は、UIモックを完成させ詳細設計まで進めました。
ここで挙げた219コミットや16PRといった数値は、あくまで特定チームの、しかも3日目という一部の期間に記録された値です。すべての開発が常にこの密度で進むわけではありません。従来数か月かかっていた開発を3日間で実現可能なレベルまで圧縮できたという実績は、Unicorn Gymという集中的な条件下での実証であり、そのまま一般化できるものではない点に注意が必要です。それでも、開発プロセスの根本を見直せば大幅な短縮が視野に入るという手応えは、十分に伝わる結果だといえます。

開発者とチームが手にする具体的なメリット
この取り組みを通じて、開発者やチームはいくつかの明確なメリットを得ました。最も大きいのは、人間が担う役割がコードを一行ずつ書く作業から、判断や方向性の決定、そしてレビューへと移った点です。「コードを書く」ことから「意図を伝える」ことへと重心が移り、開発者はより本質的な意思決定に集中できるようになりました。
もう一つの効果が、暗黙知の明文化です。これまで個人の頭の中にあった知識やノウハウを、AIへのインプットとして言語化し、要件へ落とし込む過程が生まれました。この言語化そのものが、チーム内の認識をそろえる副次的な効果を生みます。対面での実施だったこともあり、AIが実装している待ち時間を仕様の確認に充てられたほか、複数部門のドメイン知識をその場で即座に引き出せた点も、短期間での成果につながりました。並列実装によってチーム全体のスループットが高まったことも見逃せません。
こうしたメリットは、単に開発が速くなるという話にとどまりません。開発者が反復的な作業から解放され、設計判断や価値の見極めといった、より創造的な領域に時間を使えるようになります。結果として、チームが本来向き合うべき課題に集中できる環境が整っていくのです。
導入と実践で向き合う課題と乗り越え方
MCD3がこの取り組みに踏み切った背景には、いくつかの課題がありました。機能カスタマイズの要望に対する開発リードタイムの長さ、レガシー資産のモダナイゼーションの遅れ、運用の属人化、そして新規開発へ挑戦する機会の不足です。これらは多くの開発組織が共通して抱える悩みでもあります。
MCD3が選んだのは、従来の開発の延長線上で改善を積み重ねる道ではなく、開発プロセスそのものを根本から変革する道でした。その検証の場として選んだのが、体験型プログラムであるUnicorn Gymです。AI-DLCとKiroを実案件に近い題材で試すことで、机上の議論ではなく、実際に手を動かして手法の有効性を確かめられました。
一方で、AI-DLCの実践には準備が欠かせません。AIの提案を検証できるだけの知識と判断力をチームが備えていること、暗黙知を言語化する手間を惜しまないこと、そしてAIに主導権を渡しつつも重要な意思決定は人間が握り続けることが前提になります。AIが主導する開発だからこそ、人間による監督の質が成果を左右します。提案をそのまま受け入れてしまえば、誤った前提のまま高速に突き進んでしまう危うさもあるため、検証の目を欠かさない姿勢が求められます。
ツールを導入すれば自動的に成果が出るわけではなく、チームの働き方と役割分担を見直す覚悟が、変革を成功へ近づける鍵になるといえるでしょう。まずはUnicorn Gymのように、限定した範囲で実際に手を動かして手応えを確かめ、そこで得た学びを自組織の文脈に合わせて少しずつ広げていくことが、現実的な進め方になると考えられます。MCD3の実証は、開発プロセスそのものを問い直すことの価値を、具体的な成果とともに示してくれました。

















