SAPワークロードのクラウド移行と運用は、ここ数年で着実にAWS上での選択肢が広がってきました。2026年のSAPPHIREでは、AWSとSAPの協業がさらに踏み込んだ統合フェーズに入ったことが明確になりました。本記事では、SAPPHIRE 2026で発表されたRISE with SAPの移行自動化、SAP Business Data CloudとAmazon Athenaのゼロコピー統合、そしてAIコーディングアシスタントKiroとSAP ABAP MCPサーバの連携を中心に、エンタープライズエンジニアとクラウドアーキテクトが押さえておくべき要点をAWS公式情報に基づいて整理してお伝えします。
SAPPHIRE 2026で示されたAWSとSAP協業の全体像
SAPPHIREはSAPが主催するエンタープライズ向けの年次イベントで、SAPの戦略パートナーであるAWSは毎年そこで具体的な統合の進捗を打ち出してきました。2026年の発表はその中でも、これまで個別最適だった移行・データ・開発の各領域が一気に「AWS×SAP」の統合スタックとして結びついた点に意義があります。
AWSは5年連続でSAP HANA Infrastructure Servicesのリーダーに認定されており、RISE with SAPのワークロード向けには99.95%のSLAを提供しています。インフラの信頼性が一定水準で担保された前提のもと、各社はその上で行う「移行のスピードアップ」「データ活用の高速化」「AI駆動の開発体験」へ関心を移しつつあります。SAPPHIRE 2026での発表は、まさにその上層レイヤーをAWSとSAPが共同で設計し直したという位置づけになります。
本記事ではこの全体像を、エンタープライズエンジニアの日々の意思決定に直結する4つの観点(移行、データ、開発、エコシステム)から分解してお伝えします。
RISE with SAP System Transition Workbenchへのオーケストレーション統合
RISE with SAPの移行プロジェクトを経験したエンジニアであれば、最終局面のカットオーバーで発生するファイルベース転送の摩擦をご存じだと思います。テスト移行や本番移行の度に、データ転送の段取り、ネットワーク設計、SAP側ジョブとAWS側ジョブの突き合わせを手作業で繰り返してきたチームも少なくありません。
SAPPHIRE 2026で発表されたAWSとSAPの統合は、まさにこの摩擦に正面から手を入れる内容になっています。AWSはSAPが提供する移行オーケストレーションツール「System Transition Workbench」に対してオーケストレーション機能を直接統合し、重要なマイグレーションステップを自動化できるようにしました。これにより、セキュアで標準化された転送アクセラレーションを、ファイルベースのマイグレーションシナリオに対して安定して適用できるようになります。
顧客視点で重要なのは、使い慣れたSAP側のツールから直接AWSの移行ワークフローを起動できるという点です。SAP Basisチームとクラウドインフラチームの間で起きていた「同じ作業を二度手間で記述する」という構造的な非効率が解消され、移行プロジェクトの所要時間とリスクが圧縮されます。RISE with SAPワークロード向け99.95% SLAという信頼性基盤と組み合わせれば、計画と当日の両方で予測可能性が高まる構図になります。

SAP Business Data Cloud Connect for Amazon Athenaが実現するゼロコピー分析
もう一つの大きな発表が、SAP Business Data Cloud Connect for Amazon Athenaです。これは、SAP Business Data Cloudと Amazon Athenaを双方向のゼロコピーで結ぶ新しいオファリングで、レプリケーション遅延やITボトルネックなしに、ライブのSAPデータ上で分析・ダッシュボード・AIエージェントを構築できるようにします。
従来のSAP分析基盤の構築では、SAP側のデータを一度抽出し、ETLで変換し、別のデータレイクやウェアハウスに物理コピーしてから、ようやくBIや機械学習が動き出す、というステップを踏むのが一般的でした。この間に発生するレプリケーション遅延、ジョブ管理の複雑化、データ整合性の検証コストが、エンタープライズのデータ活用を遅らせる主要因になっていました。
ゼロコピー統合はこの構造を根本から見直します。SAP Business Data Cloud側で定義された意味モデルを維持したまま、Amazon Athenaから直接ライブのSAPデータに対してクエリを発行できるため、データの鮮度を保ったまま分析やAIエージェントの設計に踏み込めます。AIエージェント時代において特に重要なのは、エージェントが参照する情報源が「定期バッチでコピーされた古いデータ」ではなく「業務システムの最新の状態」であることです。SAP側のマスタや明細が更新された次の瞬間に、エージェントは同じ事実を見ることができます。
KiroとSAP ABAP MCPがもたらすAIコーディング体験
3つ目の柱が、AIコーディングアシスタントとSAP開発の統合です。AWSはAIコーディングアシスタントのKiroを軸に、SAPのABAP開発をMCP(Model Context Protocol)サーバ経由でオーケストレーションする方向性を示しました。
ABAPはSAPエコシステム特有の言語であり、ノウハウは長年SAPコミュニティに閉じてきました。生成AIコーディングは汎用言語では成熟が進む一方で、ABAPのようなドメイン特化言語では十分な体験が得られないという課題が残っていました。今回の発表では、Kiroなどのコーディングアシスタントがオーケストレーション層として機能し、SAP ABAPのMCPサーバを経由してドメイン固有のABAPタスクを実行できるようになると説明されています。
開発者は使い慣れたエディタやワークフローからAIにABAPコードの生成・修正・リファクタリングを依頼でき、AIはMCP経由でSAPのコンテキスト(テーブル定義、トランザクション、依存関係など)を把握したうえで応答できます。属人化しやすかったABAP保守、SAPアップグレード時のコード対応、カスタマイズの整理など、これまで時間と熟練の壁に阻まれてきた領域に、AIエージェントが入り込む流れが本格化します。

パートナーシップで広がるAWS×SAPエコシステム
AWSとSAPの直接的な統合の周辺では、パートナーエコシステムも厚みを増しています。Accentureは Amazon Bedrock 上にエージェント駆動のプラットフォームを構築し、SAPユーザー向けに業界別のソリューションを展開しています。AI Co-Innovation Programではコンセプト段階から展開フェーズまでを伴走する枠組みが用意され、Capgemini、Cognizant、Deloitteといったグローバルパートナーが参画しています。
インフラの接続性についても、AWS Resource Gateway を活用した SAP Seamless Private Connectivity が紹介されました。従来は数週間を要していたSAP環境と既存インフラのプライベート接続が、数日で実現できる構成へと整理され、PoCから本番への移行スピードに直結します。SAP Business Technology Platform 機能の追加リージョン展開も合わせて進んでおり、地理的なデータ主権要件や遅延要件の制約があった顧客にとって選択肢が広がっています。
こうした周辺の動きは、AWSとSAPが「点」ではなく「面」で統合を進めていることを示しています。エンタープライズ側では、移行・データ・開発・接続性のすべてを単一のクラウドベンダー前提で再設計できる状況になりつつあり、ベンダーロックインの懸念と引き換えに、運用と開発の生産性を大幅に押し上げる現実的な選択肢が生まれています。
エンタープライズエンジニアが今すぐ取れる次の一手
SAPPHIRE 2026の発表は、SAPに関わるすべてのエンジニアに対して、自分たちの設計思想の更新を促す内容でした。RISE移行は「AIと自動化を前提に再設計する時代」に入りました。SAPデータ活用は「ゼロコピーを起点に分析・AI基盤を組み直す好機」を迎えています。ABAP開発は「AIコーディングアシスタントとの協調を前提に体制と教育を見直すフェーズ」に進みました。
Ragateでは、AI駆動で進めるクラウドネイティブ移行のフレームワーク(7R戦略やDify×Amazon Bedrockの組み合わせなど)を、技術書『AI駆動で進める「小さく確実な」クラウドネイティブ移行』として体系化しています。AWSとSAPの統合が加速する局面でこそ、ビッグバン移行ではなく「小さく確実な」段階移行のアプローチが力を発揮します。SAPワークロードを抱える企業の皆様が、今回の発表をきっかけに次の一手を検討される際の選択肢として、ぜひお声がけください。

















